山口 洋典(立命館大学共通教育推進機構 教授) 48 (1) 「スポーツボランティアの好循環モデル」の前提と田鶴浜での先行的実践 田鶴浜の事例の特徴を整理するにあたり、ここで改めて序論で提示された「スポーツボランティアの好循環モデル」が前提としている枠組みを確認しておこう。「スポーツボランティアの好循環モデル」は、スポーツボランティア活動を入口とした地域課題解決人材の創出により、共助社会の形成がもたらされるとして、大規模スポーツイベントでのボランティアが地域スポーツおよび地域生活を支える諸活動に率先して参加する状況を理想かつ基本に据えたものである。換言すれば、地域社会の日常は特定の個人による使命感や責任感に委ねられ、地域スポーツは有志のメンバーの閉じた世界に止まっている、という前提がある。加えて、大規模スポーツイベントは時に地域住民からは切り離され、場合によっては無関心を超えて迷惑論や反対論により忌避されることもある。 素朴な言い方で語り直すなら、「スポーツボランティアの好循環モデル」は、大規模スポーツイベントの裏方さんがご近所の底力となって地域社会を支えつつ、自身も健康寿命が伸びるように生涯スポーツに取り組んでいこう、という提案である。改めてこのように整理してみれば、田鶴浜スポーツクラブは、大規模スポーツイベントを入口としていないものの、ご近所の底力の向上と生涯スポーツの振興の相乗効果がもたらされる好循環が、少なくとも既に3回なされてきた。1回目は平成の合併による行政機関の消滅(2005年)、2回目は中学校の閉校(2017年)、3回目がプロバスケットボールチームの練習場の移転受入(2022年)である。それにより、「スポーツボランティアの好循環モデル」の要である「人の循環から組織間の一体的な機能構築」として、田鶴浜スポーツクラブの安定的な運営基盤が確立していると捉えられる。 「スポーツボランティアの好循環モデル」では非日常の場である大規模スポーツイベントと地域の日常との結び目として「地域のコーディネーター」の存在が位置付けられているが、そもそも田鶴浜スポーツクラブは総合型地域スポーツクラブとして設立されているため、自ずと七尾市田鶴浜地区での地域スポーツのコーディネーターとして位置づいている。その結果、前述の1回目の循環では七尾市への合併前には町役場の非常勤公務員として任用されていたスポーツ推進委員を新たにスポーツクラブの理事として起用することにより、従前は公的な役職にあった人々に対し、地域スポーツにおける競技種目の指導と地域のイベント企画・運営の両面において明確な役割を付与することによって生み出された。続いて2回目の循環は市町の合併による行政システムの広域化の反動として失われることになった地域資源の1つである中学校のグラウンドを、改めて地域スポーツの拠点として活用できるように地域活動として再整備することでもたらされた。そして3回目の循環は、プロバスケットボールチームの奮闘が令和6年能登半島地震の復興への歩みと重ねられ、後にB3リーグの公式戦を避難所となっていた体育館で開催するまでに至るという結果をもたらすことになった。 (2) 総合型地域スポーツクラブによる地域スポーツとボランティア活動の融合の意義 このように、田鶴浜スポーツクラブは、「スポーツボランティアの好循環モデル」の提案に先行して地域スボランティア活動の好循環モデルに基づいた特徴の整理と他地域への示唆 1.地域ボランティア組織の構築に向けた提案 3章 まとめ
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